山口13  秋吉台
県位置コード 名  称 コード
山口13 あきよし Str-cars-1-1-YAGC
秋吉台
地形種 地形項目 重要度 規模 保存度
地質を反映した地形 カルスト台地 *@
所 在 地 図 幅 名
山口県 美祢市・美祢郡秋芳町・美東町 5万 山口・西市(山口)
    解  説
 
 秋吉台は日本で最大のカルスト台地である。秋吉石灰岩地域は,東西約18km,南北約8km,広さ約130km²におよび,南流する厚東川によって東西に二分される。このうち,東部が秋吉台(東秋吉台,東の台とも呼ばれる)であり,西部は江原台・於福台・岩永台からなり,西秋吉台あるいは西の台と呼ばれる。
 秋吉台は,標高150〜425mに分布し,4段の段化した地形面が認められる。各段は、標高350〜410mの地獄台面,300mの長者ヶ森面,250m前後の若竹原面,200m内外の経塚面に区分され,周辺山地の小起伏面の高度とほぼ一致する。台地上にはドリーネ,ウバーレ,ポリエ,カッレンフェルト,ポノールなどカルスト地形の諸要素がよく発達しており,台地下には秋芳洞をはじめとする多くの鍾乳洞(石灰洞)が存在する。
 秋吉台を構成する石灰岩は,南方の太平洋のかなたで形成された石灰礁が,プレートの移動によって北上し,ペルム紀中期頃に日本列島に付加したものと考えらている。
 台地面の利用は,古代から始まり,中世以降,草刈り場・山の窪畑として利用されたとみられており,藩政時代には文献にもはっきりと記載されている。明治になると,台地中心部が陸軍の演習場として使用を開始された。第2次大戦後は,昭和29年頃まで,占領軍によって引き続き演習場として利用された。日本への返還後は,陸上自衛隊の演習地となったが,昭和32年末に無条件で返還された。一方,窪畑も戦後しばらくして社会経済情勢の変化により,秋吉台ではほとんど放棄された。秋吉台では早春に山焼きが行われ,台地面の草原が維持されている。その始まりがいつ頃かは明確ではないが,昭和の初め頃から,各村役場が音頭を取って一斉に行うようになった。
 秋吉台は昭和36年10月,国の天然記念物に指定され,昭和39年7月には,特別天然記念物に指定された。また,一帯は,昭和30年11月,秋吉台国定公園にも指定されている。台地上には昭和45年,秋吉台有料道路が完成し,科学博物館・観光諸施設等もあり,周辺を含めて一帯は一大観光地となっている。
 


1 台山付近


2 被覆カルスト


3 裸出カルスト


4 長者ヶ森付近